みんなのありがとうを届けようプロジェクトとは?

 

口蹄疫新燃岳鳥インフルエンザなどの被害に、
全国からたくさんの支援を頂いた宮崎。

 『被災地の皆様のために、なにかできる事をしたい!』
 『自分たちの手で支援したい!』

そうした想いで繋がった仲間たち

『みんなのありがとう!を届けよう』プロジェクト
を始めました。

 

2011年 3月13日、出産を終えたばかりの女性から電話がありました。

友人が被災し、オムツや、哺乳瓶、お湯を沸かすコンロや、暖房器具…
そうしたものが足りないことを聞きました…

私たちにできることはないか?

高鍋町に住むご夫婦からお電話を頂きました。

『私は、口蹄疫の際に、
東北の方に大変お世話になりました。
私たちにも、何かできることはないか模索しています!』


いろいろな人がいて、いろいろな想いがあります。
一人の力ではできないことを、一人ひとりが繋がっていくことで、
できることがあるかもしれない。

ただ、その思いで繋がっていきました。

宮崎は、幾たびの災害が起こるたび、
多くの方に支援していただきました。

私も、お店をしていて、それを感じていました。
そして、私の知人に呼びかけ、たくさんの方が賛同してくださいました。

これまで頂いた、たくさんのご支援を、感謝の気持ちにして

東日本の一刻も早い復興を願うと共に、私たちの手で、ご支援しよう
というということになりました。

みんなの気持ちを、それぞれの『ありがとう』を、
たくさんの繋がりの輪にしてお返しできたらと考え、私たちは、

 

 

みんなのありがとうを届けよう!というプロジェクトを立ち上げました。




最新活動記録

2012年12月 活動報告 宮崎レインボーサンタ隊

三春町斎藤里内仮設住宅です!
こちらには、葛尾村の皆様が生活されています!

 

この日は

クリスマスツリーを飾りつけたり、宮崎地鶏の炭火焼や宮崎の食材を使った味噌汁などを食べて頂き大好評でした。
 

 

午後は郡山市のサッカーチームを訪問し、サッカーをしたり!サンタ隊に変身して子ども達にお菓子を届けました!
 

 

子ども達の素直な姿を伺い、日頃の皆様方の子ども達に対する思いを伺い知ることができました。

2012年7月活動報告 心のごちそうを届けよう

 

半九レインボースポーツクラブが企画運営をしている復興支援活動

宮城県石巻市 仮設住宅で生活をされている皆様を対象として開催されたスポーツイベントに協力させていただきました。

 

概要

6月30日土曜日

ノルディックウォーキング

9時〜15時 開成仮設住宅〜上品の郷(道の駅)ゴール近くの追波公園に、七夕飾りを設置して宮崎からのメッセージを届けました。

 

7月1日日曜日

親子エンジョイサッカー 石巻市内サッカー場 

サッカー場の周りに七夕飾りを設置して宮崎からのメッセージを届けました。

 

連日とも、地鶏の炭火焼、ソーメン流し、完熟マンゴー、トマト、きゅうりなどを食べてもらうという内容でした。

 

この活動の中で、みんなのありがとうを届けようプロジェクトでは、日向夏ジュース 約360人分を用意させていただきました。

 

活動団体

宮崎      半九レインボースポーツクラブ様

現地(石巻市) NPO法人石巻スポーツ振興サポートセンター様

 

 

 

2011年10月24日〜27日 福島県での現地活動報告

皆様のお陰で、福島に、笑顔の花を咲かせることが出来ました!!



(いわき市のイオンショッピングセンターにて)


たくさんの御菓子が、子供たちの笑顔に変わっていく様子を垣間見ることが出来て、

本当に嬉しく思いました。

御菓子、持ってきてよかったです!間違いなかった~!!

本当に、ご協力有難うございました。

いわき市で、にくまきおにぎり屋さんを見つけたときは、正直、驚きました。

すげぇ~!宮崎があった!!!

何の打合せもすることなく、奇跡の飛び込みで、ココに来ていました。




宮崎出身で、いわきに引越しされて、3年の岩本さんに、地震の事、原発の事、

フラガールで有名ないわき市の事を教えていただき、本当に勉強になりました!

『6月ごろまで、人が歩いているのを外で見ることが無かった。』といわれたことに違和感を感じる程、

普通に、人が行き交っていました。

3000人以上の原発の関係者さんが引っ越してきて、

今も、様々な境遇の中、多くの方が生活をされています。

生活の様子は、宮崎となんら変わることないように見えました。

私達は、見えない放射線が、たしかに存在しているんだと。言い聞かせていました。

(だんだんとそれも意識しなくなっていった)


それほど、線量計がなければ、認識できないのです。

岩本さんが、

『事故後の風向きの影響で、いわきは、(福島市などに比べると)まだ、線量が低いんですよ』

と、言われたことが、はじめは、その意味が分からなくて、

いわき市での線量が0.6マイクロシーベルト/h とか0.8とか、その数値に驚きました。

たくさんの子供たちが、イオンの中で遊んでいるのを見て、私達が

『子供たちが多いですね!』と聞いたら、


『イオン(ショッピングモール)の中は、除染がしてあって、0.2μシーベルト/hくらいになったので、
 
 イオンの中だったら遊んでもいい。と言うことになっているんですよ 』と教えてくれました。


なんだか、いわき市は、まだ、線量が低いとか…その数値の意味が・・・

はじめは、分かりませんでした。


次の日は、福島市に移動して、飯館村に行くことになりました。



飯館村は、原発から40キロ離れた地域ですが、(30キロ圏内は立ち入り禁止)

計画的避難地域にしていされていて、無人の村でした。


(郵便局が閉鎖 このポストへ投函してもどこにも届かないんだね)

無人といえども、道は普通に通れて、飯館村の皆様は、隣の川俣町へ避難しているということで、

定期的にお帰りになられるということでした。


(警察車両が何台も通る…不気味な雰囲気)

そこに、たまたま、整備工場を営まれている大澤さんが帰ってこられていて、

お話をお伺いすることが出来ました。



線量で、側溝を量ったところ、49μシーベルト/h!



(私は、専門家ではないので、詳しいことは、皆様で調べていただきたいです)

私が、現場で感じたことは、この、線量計が、無ければ、

ここが、危険であるという手がかりが何もないこと。


私は、はじめ、福島に入ったとき、

街の光景や、出逢った皆様が、

見た目では、私たちとなんら変わることなく、日常を暮らしていることが、

不思議で、疑問でした。


(福島市内にて、登下校する子供たち)


だんだんと、その理由が分かってくるにつれて、


この問題の深刻さを理解することになりました。


見えない放射線に対しての、知識や、情報の差で、お互いの認識が違っているのです…



現場では、ある意味、その話題に麻痺して、危機感を感じなくなっている氣がしました。



見えない放射線、この数字しか、手がかりがないことが、

同じ場所に生活するお互いの、認識のズレを生じさせていました。


この、放射線が、私たちにとって、どのような影響を及ぼすのでしょうか。


私は、その心配をすることよりも、皆様に、その心配のない、安心して暮らせる場所に

移動していただきたい。と、…それだけの理由で、そう願いました。




飯館村で出逢ったお母さんが、村の70歳になるお婆さんのお話をしてくれました。


『 おばーがね。 私は、この村で育って、この村で結婚して、

  畑仕事が生きがいだったんだって。いうんだよ。

  けれどね、

  こうなって、畑もだめになって、

  家族がバラバラになって、

  みんなが、この村から離れるなら、

  私も、みんなと一緒に村を出たいっていったの。 』



テレビの報道では、『村を離れたくない!』と言う方がたくさんいる。という話が目立っていたけれど、


70歳のお婆さんの話を聞いたときに、それが本当じゃないかと、思ったんですね。

きっと、自分だったら、そう思うだろうな~と。



様々な、疑問が、現場には点在していて、

その一つ一つに、振り回される人がいる現実に、非常に悔しい思いになりました。

何にも出来ない、自分の能力を憂うのではなく!

宮崎に帰って、みんなと、

この事実を語り合うこと。が重要なんだ!!と言い聞かせて、皆様のお話を伺いました。

いわき市で、フリーペーパーを発行する ハイ!マガジンの伊藤さんは、

『もっと、外から(県外の皆様から)、騒いでほしい(問題定義してほしい)』と言われました。


(Hiーmagazine伊藤さんのご協力で、お米や御菓子を配っていただけることに…)


福島の中だけに、この話題を閉じ込めるのではなく、もっと、多くの方が、この機会を分かち合い、

議論することが必要だと思うのです。


宮崎も、鹿児島の川内原発(せんだいげんぱつ)の電力が使われているわけですね。


飯館村でお会いした大澤さんが、

『 日常というものが、こんなんに簡単に崩れるものとは思いもしなかった 』

と、言われた一言が、ジーンと胸に響きました。

(宮崎県でも、口蹄疫や新燃岳の影響で、日常が非日常に変わる脆さを感じた方は多かったのではないかと思います。)



放射線の線量を心配をすることのない地域が、これから先も、当たり前であって欲しい。と願います。

内部被爆を心配することのない食べ物が、流通することが当たり前であって欲しい。と願います。


福島市で、この問題に関わっている阿部さんは、

福島で起こっていることが、世界の基準にならないように、規制を緩和するのではなく

元々の基準に見合わせて、危険なことを危険であるということを、勇気を持って伝えて欲しい。

と、言われていた。



チェルノブイリでの経験を活かそうとする人たち、

様々な知識や、情報を、知っていて、それを活かせない人たち。

知っている人の責任って、なんなのでしょうね~。

私は、素人ながら、知らず知らずのうちに、様々な恩恵をうけている一人でした。


私は、知らなかったからこそ、その責任の重さを痛感しています。


私達が、これから先の未来を想像し、創造する今、何を選択しますか?


私たち自身が、幸せなイメージを持って日常を送れるように…。


人生に起こり来る、艱難辛苦に対して、

日常が、非日常になりえる人生に対して、

今と言う日常が、いかに幸せであるかに氣づき、

命を与えられ…、愛する人とともに実感することを許され…、

家族と喜びや悲しみを分かち合い…

今日と言う日、命を活かすことを許されている限り、

いくらでも新しい日常を創造できることを、最大限に喜びたいものです。


太陽は今日も沈み、朝になったら、また昇る。

必ず、私たちは、その恩恵の中で生かされています。


これから、多くの皆様と新しい明日のために、福島で起きていること、

今、世の中から感じていることを語りあえたらと思います。

happyisland ふくのしま

blueisland あおのしま

青は、光の中でも、一番、早くて、遠くまで届いて、ストレートな色なんで~福島まで届きますね~!

福島と宮崎に虹の架け橋かけたり!


(ホールボディカウンターを市民団体で管理するところにて 福島市)


(Hiマガジン 伊藤さんと)


(やきとりNo1の社長と、肉巻き本舗の岩本さんと)



ご協力頂きました、多くの皆様に心より感謝致します。本当に有難うございました。

福島に笑顔を咲かせよう。芋くんないプロジェクト(終了しました)

 

宮崎名物の物産を持って、笑顔を届けにいこう。

 

子供たちには、お菓子をプレゼントしよう!

 

 

いもくんないプロジェクト

 

10月11日〜 30日まで

 

2回に分けて 現地活動を行う予定です。

 

 

詳しくは

 

シイケイスケまで

09071644739

本日11日、19時30分より、モノラル(青島)にて、東日本大震災に被災された皆様の支援活動を目的とした団体を、改めて発足するための会議を行います!協力したい!現地活動したい!この団体に興味のある!という方は、ぜひ、今晩、会議へ参加してください。(問い合わせ先09071644739シイケイスケ)


この活動は、これまで、【みんなのありがとうを届けようプロジェクト】という名前で、

支援物資活動、受け入れ活動、現地活動などをしています。

みんありプロジェクト

現地活動報告は

 

こちらから

東日本大震災、現地支援活動報告会を開催します。

【宮崎市】終了しました!
日時 4月25日(月曜日)午後7時30分
場所 宮崎市民文化ホール 会議室 (宮崎市花山手)

60名以上の方にお越しいただきました!

本当にありがとうございました!!

 

報告会をして欲しいという団体や個人の皆様がおられましたら、

私たちにお声おかけ下さい!!

 

【都城市】

 

日時 5月9日(月曜日)午後7時より
場所 山田町日高邸(ムササビの森)

多くの皆様にご支援いただいたお陰で、現地で活動することができました!
現地での活動報告会を開催します!
宜しくお願いします!





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みんありプロジェクト発進!!

 

現地入りメンバー男性6名、女性2名

 

本日(4/9)19時、宮崎港より出港致しました。

 

宮崎より「ありがとう」よ、届け!!!

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  『現地入り4月10日に決定!!』

 

  支援物資 及び 現地活動メンバー募集!!

 

   ※詳細はニュースにて

 

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みんなのありがとうを届けようプロジェクト
minnari.info@gmail.com
09071644739
シイケイスケ